管理人斎藤の食べまくり日記!?
翌朝5時に仙台に向かう私は、少し早めに布団に入っていました。
深夜0:00過ぎ、枕元で揺れる携帯で目が覚め、メールを確認した私は、あまりの衝撃に起き上がっていました。
三沢光晴が死んだ・・・。
私は、プロレスが好きで好きでたまらない少年でした。
当時は、全日派か新日派か、つまりは馬場と猪木とどっちが好きなんだ?というのがプロレスの話題の中心で、
プロレスが八百長だのショーだのといったことは話題にすらなりませんでした。
馬場さんの全日本プロレスに所属していた三沢さんは、二代目タイガーマスクとして大活躍。
その後、天龍源一郎を中心とする大量離脱があり、全日の大ピンチを救ったのが素顔の三沢光晴さんでした。
三沢、川田、田上、小橋の四天王プロレスに熱狂し、
若林健治アナウンサーの実況に涙しました。
若林さんが大好きだったのも三沢さんでした。
四天王プロレスは激しさを極め、こんなことしたら死んじゃうんじゃないの?と思わせるほどでした。
その中でも三沢さんは受身の天才で、どんな角度から落とされても、どんな打撃をくらっても、立ち上がる男でした。
本当に死んでしまったら、もうプロレス観れないですよ。
立ち上がってこその三沢光晴じゃないですか。
馬場さん、ジャンボ鶴田、三沢光晴、どうして死んじゃうんですか。
三沢さんの入場テーマ スパルタンXが、車中で流れています。
どうしてこんなに悲しく聞こえるのでしょうか。
若林アナの実況が胸の中で響きます。
「三沢が勝ったーっ! 全日本プロレスに新しい時代到来ーーー!!」
「そうですねっ! 馬場さん!」
「プロレスは男の詩(うた)、魂の詩、涙の詩!!」
「タイガードライバーをうたせてやりたーい!」
合掌
ほんとに残念でした。
三沢、川田のコンビが大好きで、
お二人のサインをコネを使ってもらったくらいですよ
合掌
素敵なコネクションをお持ちですね!
三沢&川田の超世代軍には、熱い思い出があります。
この頃のプロレスは、本当に面白かった!